日常のあらゆる場面でつい気になってしまう手やからだの「ふるえ」。病気が原因で発生するものもあり、場合によっては今後さらに日常生活が送りづらくなってしまうことも。
今回は、ふるえの原因に多い病気である「本態性振戦」と「パーキンソン病」について、症状や進行などを福岡脳神経外科病院・脳神経内科医長の田代典章先生にうかがいました。
福岡脳神経外科病院 脳神経内科 医長
Q字を書こうとすると手が震えてしまいます。手が震える病気にはどんなものがありますか?
A病気の場合、最も多いのが「本態性振戦」、次いで「パーキンソン病」があります。どちらも手などが震える病気ですが、本態性振戦は体を動かしているとき、パーキンソン病はじっとしているときに震えるのが特徴です。ほかにも、病気の原因や進行、ふるえ以外の症状などには大きな違いがあります。
本態性振戦 | パーキンソン病 | |
原因 | 不明 | ドパミンが減少する |
発症しやすい年代 | 20歳代と60歳代以降 | 50~65歳に多いが高齢になるほど発症しやすくなる |
ふるえの特徴 | 特定の動作をしているときに震える(動作時振戦) | じっとしているときに震える(安静時振戦) |
ふるえ以外の主な症状 | なし | 動作が遅くなる(動作緩慢) 筋肉が硬くなる(固縮) 転びやすくなる(姿勢反射障害) |
病気の進行 | 年単位でゆっくり進行するが、症状はふるえのみ | 初期はふるえや筋肉のこわばりがあり、徐々に歩きづらさなどが出る |
Qまず本態性振戦について教えてください。原因は何ですか?
A「本態性(原因不明である)振戦(ふるえ)」という名の通り、残念ながら明確な原因はまだわかっていません。患者さんの約3割は家族の中にも同じような症状を持つ人がいるため、遺伝的な要因が関係している可能性がありますが、具体的な遺伝子などは未解明です。
Qどんな症状があるのでしょうか?
A症状はふるえのみで、ほかの症状はありません。
ふるえ方としては、ある特定の動作をしているときに震えるのが特徴で、これを「動作時振戦」といいます。例えば、字を書く、コップに飲み物を注ぐときなどに手が震えます。食事中に手足が大きく震えてしまい、食卓が地震のときのように揺れると話す、症状の重い患者さんもいました。
個人差はありますが、多くの患者さんは年単位でゆっくり進行し、60歳ごろから日常生活に支障が出始め、70歳を超えるとふるえがかなり激しくなります。ただし、症状が重くなっても、ほかの病気を引き起こしたりふるえ以外の症状が出たりすることはありません。
Qふるえがほかの病気の原因にならないとしても、病院へ行ったほうがいいのでしょうか。
Aご自身が困っていなければ無理に治療する必要はありません。ただ、日常生活で不便さを感じている場合は、一度医師の診察を受けることをお勧めします。
また、患者さんの中には「料理をする前につい飲んでしまう、ふるえをなくして飲酒量を減らしたい」という理由で受診された方もいました。アルコール摂取によりふるえの症状が和らぎますが、過剰摂取のリスクがあるため良い方法ではありません。
Qパーキンソン病についても教えてください。原因は何ですか?
A人間のからだは脳からの指令によってコントロールされています。パーキンソン病は、この指令を全身に伝える物質の一つである「ドパミン」が減少することで、からだがうまく制御できなくなる病気です。ドパミンを作る神経細胞に特定のタンパク質が凝集する(散らばっていたものが集まり固まる)ことが原因とされていますが、そのメカニズムはまだ解明されていません。
Qどういう場面でふるえの症状が出ますか?
A本態性振戦と違い、パーキンソン病はじっとしているときに震える「安静時振戦」が特徴です。日常生活ですと、テレビを見ているときや横になったときに震え、人によっては手だけでなく足や頭にも症状が出ます。
Qふるえ以外の症状もあると聞きました。どんな症状ですか?
A①動作緩慢、②固縮(こしゅく)、③姿勢反射障害の3つがあり、ふるえと合わせてパーキンソン病の4大症状といわれています。
①動作緩慢
からだをうまく動かせず動作が遅くなります。運動機能を調整するドパミンが減少することで、からだの動きが制御されすぎてしまうために起こります。
②固縮
筋肉が硬くなりからだが動かしにくくなります。顔の筋肉がこわばり表情が乏しく見えることもあります。
③姿勢反射障害
からだのバランスがとりづらくなることで転びやすくなります。ドパミンが減少した結果、動作緩慢とは逆に体をうまく制御できなくなるのが原因です。
これら以外にも、血圧が急に下がる、便が出づらくなる、うつ状態になるなどの症状が出るケースもあります。
Qどの症状も日常生活への影響が大きそうです。病気の進行についても教えてください。
A初めからすべての症状が出るわけではありません。初期は、体の片側に安静時振戦や筋肉のこわばりを訴える方が多いです。病気が進行していくにつれ、体の両側にふるえやこわばりが出る、安静時だけでなくからだを動かしているときも震える、ふるえの幅が大きくなる、といった経過をたどります。さらに、ある程度進行すると姿勢反射障害が現れ、歩きづらくなって日常的な介助が必要になり、最終的には寝たきりになってしまいます。
このように日常生活に著しく影響を及ぼすことから、難病に指定されています。
Q日常でできる、本態性振戦やパーキンソン病を予防したり症状を抑えたりする方法はあるのでしょうか?
A残念ながら現時点ではありません。生活習慣や生まれ育った環境などとの関係性は明らかになっておらず、ふるえの症状で困ったら脳神経内科で治療するのが一般的です。
Q本態性振戦やパーキンソン病と診断された場合、どんな治療を行うのですか?
Aどちらも薬による治療が基本です。本態性振戦であれば交感神経に働きかける薬を、パーキンソン病であれば、少なくなったドパミンを補う薬やドパミン受容体を刺激する薬などを服用します。
薬で症状をコントロールするのが難しい場合や、薬の副作用のリスクがある場合は、ふるえの症状を抑える手術を検討することもあります。手術には、脳に電極を埋め込みふるえを制御する「脳深部刺激療法(DBS)」や、DBSと違い頭蓋骨に穴を開ける必要がなく患者さんの負荷が比較的少ない「MRガイド下集束超音波治療(FUS)」などが用いられます。
Q治療すればふるえが改善するかもしれないのですね? 最後に、ふるえの治療に踏み出せていない方へメッセージをお願いします。
Aふるえというのはまだまだ誤解の多い症状だと思います。特に患者さんが高齢だと、患者さん本人もご家族も「歳だから」「不健康な生活のせいだ」と、病気ではないと思い込んでしまいがちです。さらに男性は、周囲の方が受診を勧めても本人が断ってしまい、治療に結びつきづらい印象がありますね。
ふるえは医療機関で治療することができます。生活に支障を感じている方は、一度脳神経内科を受診してみてください。パーキンソン病など重大な病気が隠れている可能性もあるので、無理せずお気軽にご相談ください。
また、薬を飲んでいるが効きづらくなった方もいらっしゃるかもしれません。そうした方には手術という選択肢もありますので、「治らない」と諦めないでください。新たな選択肢があると知るだけでも気持ちが楽になるので、医療機関で話を聞いてみることをお勧めします。